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ニセ科学と判断の委託

かとゆー経由でITmediaから

まん延するニセ科学と、対峙する科学者たち

菊池氏に言わせれば、人がニセ科学に魅入られやすいのは、ニセ科学が単純な二分法で複雑な問題に明快に白黒をつけてくれるからだという。しかし、現実の世界というものは複雑なものであり、その複雑さを少しずつ読み解いていく課程こそが「合理的思考」であり「科学的思考」だとも、菊池氏は言う。

ニセ科学がはびこっているというのは書店で目にしたり
ネットでちょこっと話題なってたりを目にしたりで知っていたけれど、
なんともため息がでる現状ですね。

しかし、難しいことはわからないから、エライ肩書きの人が言っているなら
科学的に正しいことだろうという考えが存在し、
ある意味、言った者勝ちの状況なんじゃないかなとも思いますが。
または、ニセ科学はそうであって欲しいという需要を満たしている。
(例えば、ゲーム脳は世の多くの親御さんにとって需要がある。)
そういう意味で、ニセ科学を唱える人は需要を見出す目があると思う。

まあ、これが科学技術創造立国を標榜する国の現状なのかー、ですけど。

それはともあれ、引用の部分がこの記事で一番興味を引いたかな。
現実は常に単純な二分法で明快に白黒つけられるものじゃないけれど、
むしろだからこそ決め付けてくれる存在は需要があるのでしょうね。

極論、職業の存在と変わらない。
他人にやってもらう、他人と価値の交換を行うという流れの上に、
思考・判断を他人に任せるということが存在しても当然でしかない。

引用部を少し改良すれば人間一般に普遍に言える言葉と
考えることもできそうですね。

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