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共通理解

会話または情報伝達においては、話し手と受け手のお互いに
なんらかの共通な下地がある場合スムーズである。
極端には「アレ」といってなにをさしているか伝わる相手との会話と
伝わらない相手との会話との対比である。
アレげな例えでいえばエロゲをエロ目的以外で買う人同士と
そうじゃない人や一般人と会話する場合である(変な例えだな)。

そして、お互いに共通の下地、共通な理解を抱いている対象が
少ない場合は会話にしろ情報の伝達にしろ工夫が必要で、
会話の場合はそもそも会話できかったりする。

しかし、それでもお互いが共通の下地がないとわかっているなら
とりたてて問題にはならない。
もどかしかったりきまづくなったりはするかもしれないが。

問題は、共通だと相互に思っているものが違っている場合。
「あれ」といって思い浮かべているものが
互いに違えば面倒なことになる。気づかずに、同じものを
思い浮かべていると判断して会話なりを続けるとさらに面倒に。

これが説教くらってるときに発生したりするとさらにさらに面倒。
話してる側は当然自分の物事の捉え方、相手の行動への捉え方が
正しいものと考えている。しかし、そこに誤解や思い込みが
入っている場合、つまりは相手との共通理解に齟齬がある場合、
説教をくらっている側は相手の言葉に理を感じることができない。
ただ罵倒されているようにしか感じることができない。

この結果は説教してる側にすれば、
この馬鹿はほんとにわかってるのかと思うことになり、
くらってる側にすれば、
この馬鹿はなに見当違いなこといってるんだとなる。

これが人の行動や素行に関してならお互いに不愉快になるだけだが、
作業に関してなど物理的な結果が絡んで来ると、
それまでの行動がすべて水の泡になりかねない。

まあつまり、お互いに考えてることが違うんじゃないかなーと
思いながら物事を進めるとデンジャラスなことに
なりかねないというわけだ。

そしてどうもそういう事態に陥ってるんじゃないかなーと
思う今日このごろ。

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