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情報操作のトリック  著:川上和久

情報操作のトリック その歴史と方法  
著:川上和久  講談社現代新書

なかなかおもしろい。出版されたのは94年だが、時事ネタで構成して
今となってはまるで読めないということもない。

読後特に思ったこととしては、
情報を流す人間には流した意図がある。
しかし、まるで情報がないのならなんらの行動も判断もできない。
よって、情報の吟味が必要になる。
同時に、流した側の意図を考えたとき、その意図によって
情報が嘘か真かの二択になる、信じる信じないの二択になると
勘違いするようでは下の下。
ということかな。


P.125 ノエルノイマン 「沈黙の螺旋理論」 ブレーン出版
P.126

ノイマンは、人間が社会的存在である以上、常に孤立や仲間外れにされることへの不安を持っているということを前提におく。このような孤立を回避するために、人間は常に周囲の環境や、社会の中の意見の動向を観察する。人との話し合いの場において、自分が支持している意見が多数であると考えたり、多数になりつつあると思う意見については、孤立の恐れがないので、口に出すことができる。ところが、世論の大勢と異なる意見を持っている場合は、沈黙していく。
もちろん、人との話し合いの場でも、相手がその争点に関して同じ意見であると推測できるような場合、たとえば支持政党が同じような場合は、たとえ少数派であると認知していても沈黙することはない。しかし、閉じた集団の中での情報の流通では、いわゆるシンパを獲得していくことにはならない。このような過程が繰り返されていくうちに、その争点に関して声をあげている人は、多数派の方が多くなり、次第に態度を保留している人も、多数派の声ばかりを聞くうちに、その方向へ動員されていくというのである。この観点からみると、世論は意見に対して拘束力を持つ存在であるということがいえる。

この部分が一番記憶に残るかな。声をあげて議題設定をすることや、
少数者の意見がしだいに目に付かなくなること、あとは2chでの
スレの空気の形成に関して。ネットの発達でずいぶんと違ってきたところも
あるが、やはり依然として上の流れは存在し続けていると感じる。


以下、気になったところを抜粋。
キーとしては、情報の取捨選択が送り手の段階でも生じていること、
受け手による取捨選択による偏向の強化、大衆のコントロール。のつもり。
(この抜粋を残したという自身の取捨選択もまた興味深い。)

P.103 議題設定機能

アメリカのある通信社の記者の情報入手量と情報送出量を比較すると、記者が送り出している情報は、入手情報量の十分の一にしか過ぎなかったというのである。限られた情報量の中で情報の取捨選択が行われる一方で、情報があまりにも多く、メディア依存性が高まった高度産業化社会においては、マス・メディアによって提供された現実が、あたかも社会的現実であるかのように人々に受け入れられる。

P.115 政治学者のラザスフェルトら

彼らは、ラジオによる政治宣伝聴取が、自分のあらかじめ支持している政党のものを選択して行われるという事実、いいかえらば、自分が接触したい情報を取捨選択しているという「選択的接触の仮説」を早くも提起している。それによって、マス・メディア接触の効果が、あらかじめ持っている態度を補強する方向に作用するのではないかということを指摘したのである。

P.129 世論のもつ同調圧力の危険性

政治学者のコーンハウザーが「大衆社会の政治」(辻村明訳、東京創元社)で指摘しているように、個人が原子化し、社会的絆が弱体化して大衆社会化するとき、大衆は匿名の権威に支配されやすくなる。マス・メディアは、議題を設定し、世論を形成することによって、強力な「匿名の権威」になり得る。

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