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帝王学 「貞観政要」の読み方

帝王学 「貞観政要」の読み方  著:山本七平  日経ビジネス人文庫

「貞観政要」において著者が特にと感じた部分をかいつまんでという形な本。
この本では著者がわかりやすい例とともに、ほぼすべて日本語の普通の文章でもって紹介を行っているのでとても読みやすい。

この「貞観政要」を知らず、しかし幾つかこれ初の言葉は知っていたみたい。特に有名な「創業と守成いずれが難きや」という言葉に対し、その言葉を知っていてもその答を知っている人は少ないのではないかという文章がクリティカル。結局これは共に困難である。しかし、この言葉を太宗が発した時、情勢は守成の時へと至っていた。そしてまた、「貞観政要」に描かれるのは守成の時、貞観の治と呼ばれた時代がどのような時代であったか、政治であったかである。したがって、「貞観政要」は守成の困難に対する書の体となり、これにより先の問も守成が困難であると捉えられているようだ。たぶん!

まったく昔の人は頭がいいなと思わずにいられない。人をいさめるときやら何かを提案するときであってもどうしてこうも故事やらなにやらを持ってこれるのやら。この本の著者が「貞観政要」を引用しているのだが、その「貞観政要」の中でまた登場人物たちがよくよく故事の引用を行っている。まったく、すごいな。

著者の述べるとおりに今は権力が分散し、そして大衆こそが権力者となっている社会である。その中で今、権力者が帝王学として読んだ書を読むのは確かになかなかありかと。また、組織や上下関係の在り方を見る視点の提供としても有意義か。

再読、または「貞観政要」そのものにも手を出したいところ。


以下には引用

P.24

確かに、権力が一人に集中しているより分散している方が安全だが、これは「権力」という魔物のとりこになる人が、それだけ多いということである。

P.28

「佞臣」は必ず「断固おやりなさい」とすすめても、陳儀大夫のように、死を賭してもそれを思いとどまらせることはしないからである。

P.67

前に塩野七生氏と「コンスタンチノープルの陥落」について対談したとき、その国を興隆に導いた要因が裏目に出ると、それがそのままその国を亡ぼす要因となる、と私がいうと、氏は即座に賛成され、間髪要れず、日本の場合はそれが「和」であろうと指摘された。

P.76 これは個人にもいえるなぁ。

善を善としたのに善を用いることをせず、悪を悪としたのに悪を除き去ることをしなかった。それが滅亡した理由です。

P.154 佞臣

いわば、君主や社長のやりたいと思っていることを巧みに見抜き、それを先取りする形で助言し、しかもその助言がまことに理にかなっているように巧みに修飾してしまう。

P.160 扱いやすい、素直というのを勘違いしてはならない、ともいえるか。

「下の行う所は、皆、上の好む所に従う」だからである。

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