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ブログ開始から半年たちました

 タイトルとは関係ないしローゼン読んでも観てもないのだけれどこの翠星石特大ぬいぐるみがものすごく欲しいです。

 タイトルと関係ある内容ですが、半年たってもまだブログが続いてます。記事総数は250ちょっと。トータルアクセスは明日あたり一万を超えるかな?そのうち50くらいは自分で、三から五割くらいはカタハネの二つで稼いだようにみえる。

 そのときのテンションや気分が文章に反映してるなぁと。頭のなかが溶けてるんじゃないかと思えるようなゆるい文章書いてたり糞真面目になにかを考えていたり(長く考えた文章はないから、穴があきまくりで情報収集もほぼなく展開の論理性もいまいち、というのばかりだけれど)。投稿した次の日には消したくなった記事も多々。大幅に修正したいと思うようなのもけっこう。でも消すことはなくて、修正しても微々で追記ちょこっと、というくらい。その時々の言葉をそのまま残しておけば、省みる時により参考になるかなと。感情の動きなんかがそのままでてるともいえるし。後で見返して恥ずかしいような、考えなしな文章だと後で見たとき自分観察にもおもしろいだろうと。

 ただ、前から自覚していた感想を述べるときの悪癖(日常会話でもよくやらかしてしまうけれど)がまだまだ表れてしまうのはおもしろくもないので反省。おもしろくて興奮している時ほど危ないのだけれど、自分がおもしろいと思った箇所をひたすらそのまま抜き出してしまう。なぜ、どのようにおもしろいと思ったのかがなく、果てはおもしろかったとか、どう感じたかという言葉すらなくなってしまうことがある。無意識に、自分の感覚を他者に求めている、または押し付ける傾向があるのだろうな。自分の頭の中の映像や感覚を言葉にせず、それでいて他者に感覚の共有を求める。これはまったく効果がないわけでもなく、それで伝わる場合もないわけでもない。しかし、ないわけでもない、だし、自分で後で読み直してなんであらすじみたいなこと書いて終わってるんだ?と思ってしまうのはむなしい。

 最近では円環5の感想がひどい。読めばそこに書いてあることを形かえてたくさん書いてるけれど、自分がどう思ったかがあまりない。確かに、自分がどう思ったかを述べるために内容の書き写しが必要な時はある。むしろ引き写して書いとかないと伝わらない言葉を言いたいときもある。おもしろかっただけじゃ文章が足りないとも思ったりする。でも内容の書き写しで終わってしまっては、そもそもなんのために書き写したのやら、だ。自分がおもしろかったところメモ、としてしまうのもありだが、それはやめとこう。自己本位な文章を書き連ねているのだから、せめて自分がみてそれなりに納得する文章になるようにしたいものだ。でも書き直しはしない。

 さて、半年後にブログ開始から一年たちましたという記事が書けるといいなぁ。

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