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円環少女 (6) 太陽がくだけるとき

 円環少女 (6) 太陽がくだけるとき   著:長谷敏司 絵:深遊  角川スニーカー

 スニーカーなのに400Pとは狂気か。

 しかし濃い。文章がずいぶん落ち付いてきたのもあるのか、始まりはすでに戦いの連続なのに加速感と灼熱感がそれほどなく強烈に物語にとらえられることもなく。けれど、ゆっくりと加速し熱せられて、次第にもう止まらなくなった。学生運動からテロリストへいたった国城田の、歪んでしまってなお熱い悪と正義への想いが熱い。仁のなりたい大人への決意が、公館から離れて踏み出す歩みが熱い。そしてバトルがあっつい。

 仁はほんとぼろぼろになってばっかで、体も精神もぐっさぐさに傷ついて、それでも折れなかった。矛盾と欺瞞と、信じていたもの、なれると思っていたものをひっくり返されて、コマとして翻弄され続けた。正しいと思うことに痛い目にあわされる。それでも、ありたい大人に行き着いた姿は熱くて、泥臭さと血なまぐささだけに彩られていると言っていいのに、なにか清々しい。

 おっさんどもの、国城田と清水、寒川父の30年を経た今の姿と現実への認識をよくぞ書いたものだ。かつての熱を抱いた怒りと今への認識と。よくもこんなものを題材に、中心にすえて書いたものだ。けれど対象はことなれど国城田と同じ言葉を抱くにいたった仁の将来が暗示されるようで悲壮に感じてしまう。

 物語は平和な解決なんかなくて安易な期待なんて許さずに血が流れて完全な決別になったうえに協会内の対立まで関与してきて政治劇とともにまた何かが回り始めてどこへ向かうのやらだけれど、えぐられても前へ進もうとする仁にぞくぞくする。熱さがやめられない。


 読み終わった疲労と熱さが、確かにあるはずの外に向けて吐き出したい言葉を明確にさせない。書きたい感想と対象とがあるはずなのにうまくはきだせない。まいった。

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