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ここが不満とはいいやすい

 ほとんど満足、けれどここが惜しい。おもしろかった、でもこの部分はいまいちだった。といったときにどういう言葉を発するかというと、満足したとかおもしろかったとかにはあまり言葉を割かずに、不満足だった部分を具体的に指摘するような形になりやすいように思う。

 気に入らないポイントは具体的な言葉にしやすい。ある程度以上の満足の場合、満足したということを改めて言葉にすることは少ないような気がする。気に入った部分を改めて持ち出して言葉にするよりも、そのことは触れずに、ここがもうすこしこうだったならさらによかったと不満足な部分を持ち出す傾向があるような気がする。

 つまり、なにか製品(本なり電化製品なり、なんでも)買おうかどうかとそれについてのレビューを探すとき、それの欠点がより目につきやすい状態にあると思う。

 それは次のような傾向もまたあると思うからで、それは、その製品に“ある程度満足した人”は肯定の言葉をほとんど発しないが不満を抱いた人は否定の言葉を積極的に発するという傾向。そして不満を抱いた人が発する具体的にここが気に入らないのだという指摘に対し、ある程度満足した人はああそうだね確かにその部分は欠点だと同意する。その同意の際には、自分はある程度満足してるけれど、その部分がさらによければなおよかったのは確かだという意識があるように思う。けれど行動だけ見るのなら、ここが悪いという指摘に同意しているだけとなりやすい。その製品はよくないという否定意見を持つ一人のように見える。

 だから、ある製品についての情報を探すという時に否定意見ばかり目につくという事態はよくよく起こりやすいはず。しかし同時に、事実その製品が糞ということに結び付いていないものもまた多いはず。その欠点というのが、わかるひとだからこそ気づいて気になる欠点なのか、一般に普通にこだわりのない人にとっても欠点になりえているものなのか、他人から指摘されて気づくような欠点なのか、それらを判断する必要があるように思う。

 たぶん役に立つ製品レビューというのは良い点悪い点の双方を具体的に指摘するとか、こういう人にとってはこの点が短所(or長所)になるだろうとか限定条件をつけて長短どちらかに触れてるとかそういうのじゃないかと考えた。どちらの意見が多いから、というのはそこまで重要じゃないような気がする。

 なぜこんなことを今書きだしたのかは忘れた。

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