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反発は過剰になりやすい

 自身が認めているものを否定されたときに言葉は過剰になりやすい。本当はそこまで思っているわけでもないのに、よさを強調するために強い言葉になりやすい。(逆もそうで、自分が否定しているものが認められた時の言葉もまた過剰になる。この場合は攻撃的になるという言葉がよりふさわしいかもしれない。)

 ということで、不満の言葉に対して反発する肯定コメントが過剰になりすぎて、けっこういいとは思うけれどほめすぎのような気がする。工作員?な事態が現れてくる。この際にも肯定コメント側は過剰な反応になってしまっているけれど、その動機は対象への強い支持であって善意からによるもの。

 やっかいなのは、喧嘩したいわけでも悪い印象をまきちらしたいわけでもなく、むしろ悪い印象に関してはそれを消そうという意思を持って行動しているのにも関わらず結果はひどい印象をまきちらす荒れた状態を生み出すことになる。

 良い悪いで言っているけれど、もっと抽象すれば意見の相違にたどり着く。異なった意見を持っている人間同士はどこまで話合うことができるのか?話合いにおける目的がどこにあるのかが重要になると思う。相手の意見を全否定し屈伏させるためか、互いに考えが違うことを単に認めるためか、互いの見解の違いは違いとして受け入れてその上で可能で妥当な共同の行動をひねり出すためか。

 そして当事者同士がどう感じているか、外から見える印象はどうかという問題もスケールによってはでてくる。政治的な行動はこのあたりを考慮しての行動なのだろうなー。


 さて、昨日今日とこんなひどくまとまりのないことを書いたが、一応のきっかけと向かう先はおぼろげに意識されていたような気がする。うまく形にならずに消えうせてるけれど。まあ、普段からあやふやに思っていたことを多少でも形にしたことはなんらの整理に役立つだろうし、それでよしとするか。

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