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誰に言われたかでなく、何を言われたかだと思うのです

 どうも例大祭がひどいことになったみたいようで。どうひどいかに関しての記事に何回か触れたまでなのだけれど、批判された側が他の何かを批判してという連鎖がたまに見受けられて、、なんだかなぁ。批判自体はありだと思うのです。でも、どういう批判の仕方してるのかなと気になった。相手の言葉を受け止めてるか、脊髄反射に責任転嫁の批判をしてやしないか。自戒も含め思ったところをまとめてみた。


 相手のマイナス点をあげつらって免罪符にするのはやめましょうよ。
 例えば、ニートにまじめに勉強しろまじめに仕事しろと言われたら、たいていの人はお前には言われたくないと返します。でも、発言された言葉を発言した個人と切り離して捉えることも重要なんです。まじめに勉強する、まじめに仕事する、これらに「間違い」ってありますか?否定することはできますか?ニートに言われたからその言葉を無視する、ではいけないのです。言われた言葉それ自体を受け止める必要があるのです。言葉を受け止め、自分自身に照らして、その次に相手への言葉があるのです。(個人的には、ニートに上のように言われたら、ニートからすらそう見えるのかと猛省しますけれどね。あと、こんなひどい例えに使ってますが、ニートを馬鹿にする意図はありません。ニートは Not in Employment, Education or Training であるので今の例えに使ってます。)

 マイナス点を持たない個人も組織もモノも存在してないのだから、批判された報復に誰かを批判していたら永久に不愉快な思いをしつづけるだけ。相手のマイナス点をあげつらって免罪符をつくり出せば、相手も同時にあなたのマイナス点から免罪符をつくり出す。

 マナーについても同じです。ただしマナーの場合、批判された側からの逆批判は注意深くなるべき。作法ってのは場所や相手などの状況によってさまざまなので、自分が正しいと思うことが正しくないってのがよくよくある。個人が勝手にマナーを決めることはできないし、場所が違えばルールや空気が違う(ニコニコ動画と例大祭会場でふさわしい振る舞いが違うように)。

 だからマナーを批判された場合にすべきことは、まずはそのマナーを身に着けることなのです。また、まわりの知人が自分のようにマナーのなさで罵倒と嘲笑を受けないように作法をひろめることです。やるのは次に向けたそういった行動であって、自分以外もそうだったとかお前には言われたくないとか他者を批判したりで免罪符を探すことじゃない。


 これは批判という行為をやめろっていいたいのではないです。免罪符をつくり出して責任転嫁するなって「批判」です。


 今回の騒動が起きてしまったのは残念ですし、最悪これからの東方(というか神主が)、、という危惧もありますが、一時的なものにしろ、同人ってのがなにか、即売会でのマナーってのはどういうものかといったことが表立ってきてるのはよいことだと思います。

参考:
参加者の「お客様化」が進むとどうなるか (フラン☆Skin はてな支店)
コミケに関する、同人初心者にありがちな誤解 (FAMの日記)


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