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赤朽葉家の伝説

 赤朽葉家の伝説
 著:桜庭一樹  東京創元社

 作者はなんでこれ書いたんだろうなぁと思った。普段そんなことは思わないのだが、これにはなんか思ってしまった。

 この本にどう付き合えばよいのかわからなかった。これはなんだろう、ギャグなのか?日本の戦後から今を描いたシリアスよりな本なのか、それともミステリか。

 ミステリ風な展開に突入する直前において、この小説への評価は一気に天井を突き破ったが、その後の微妙なミステリ展開で落ちついた。

 なぜ評価が天井を突き破ったのかといえば、語り手たる瞳子にいたって何もなくなった、凡庸でありかつ何もない女になったことが、現代のほぼ同年代として、その状況に大いに共感したからだ。現代に至るまでの劇画的な、これはギャグなのかって展開と描き方と、現代の、自身にも将来にもなにもなく何もみることができないという対比に感じ入ったのだ。前半をどうとらえればいいのだろうという疑問に答えがでたからだ。

 「今」から「かつて」の日本の成長期を見る目は、少なくとも自分は確かに、なにかドラマを見るような、漫画を見ているかのような感覚を覚えさせる。そんなイベント盛りだくさんにたいして、「今」は何もない。だから前半でのこれはギャグかと思うほどの展開に対する戸惑いが解消されて、同時に、漫画のような歴史から何もない現代への移り変わりとともに家もまたなくなる同時性がおもしろいと思ったのだ。

 んが。誰を殺したかの話が絡んでいくのはよくわかんねーなーとテンションだださがり。どう捉えればよいのだろうとまた振り出しにもどる。いや、振り出しというほどに戻されたわけじゃないのだが、結末としては時代の終わりと今をまた強く感じたのだが、なぜにこんな展開にと落ち着かない。

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コメント

おお、赤朽葉も読んでらっしゃるんですね。
大好きです、これ。
怪物じみた人間が出てくる祖母の時代が一番好きですね。
工場が立ち並ぶ町並みも、なんかもう現実離れしている。
かつては現実だったんでしょうけど。
年代記風の物語を読んでいると物悲しさが募ります。
現在進行形の物語だと、同じ書かれたものとはいえ
一応はまだ続いている出来事としてとらえられます。
赤朽葉だと、語られている人物はもういない。すでにこの世からは消えてしまった事象を語り起こしている。
そして波乱の果てにたどりついた現実である第三部は
あまりにしょぼい。
儚さを感じさせる演出がうまいのでしょう、この桜庭一樹というひとは。好きな作家です。

ちなみに桜庭友紀氏も好きな作家です。
よく名前がごっちゃになります。
「ホラあれだよ、ゆかれいといえばやっぱ桜庭かず……じゃなかった、あの、ホラ、パーソナルカラーの」
などという会話をよくしてしまいます。

投稿: 野田 | 2009年11月17日 (火) 22:14

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