« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月の6件の投稿

椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!

 椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!
 著:酒巻久  祥伝社黄金文庫

 いつか、この本だったか発言だったかが物議をかもしていたような記憶がある。というわけで中古本で見かけたので興味本位で買ってみた。

 興味としては、1つにはタイトルの言葉のあげあしとったろうと思って、2つには社長がどうやって自分の意思の通りに下を動かせるのだろうかという方法論への興味。

 実務家だなというか、奇麗事言わない人だなってのがおおよその感想。経営の実績ではない部分、立つことによる健康云々とか、はどうなんだろうって疑問がある。また、営業でのとり方にしても、きれいも汚いもないって部分をちょっと顕にしてしまっている。言葉も口語に近く、良くも悪くも読みやすい。

 ただ、言っていること、やっていることは間違ってないなーって思う。やり方がねちっこいなーとは思うけれど、例えばタイトルの椅子をなくすってのは部下が自主的にやったこと。それが生産効率に反映したという実績でもって社内に広げたわけだし。目的を達成するための手段であるときっちり認識していて、効率として表れない部署に強要はしていない。

 また、上から命令をしているだけでは部下が育たないを実践している。部下が自主的に動くように仕向けることが部下の成長にも会社の成長にも正しいってのを正しく実践した結果が椅子をなくしたということ。その過程にはねちっこいやり方だなーと反発は覚えるが、間違いだとは思わない。

 パソコンをなくせばってのはタイトルにインパクトを与えるためかな。主張はパソコンをなくせではない。パソコンに向かっている時間の多くが遊んでいる時間で無駄であって損失が発生している。だから、ルールを厳格にするなどパソコンで遊んでいる時間による損失を減らさなければならない、という主張と実践例。変なところはない。

 この本と主張にはそこここに穴やこじつけがある。だから、感情論で批判してやろうと思えばかなり叩ける。しかし、この人の経営手腕とはなにか、どうやって利益率をそんなにも改善できたのかという点に関しては叩けない。正しいもの。確かな実績があるし、(かなり強引にも思えるが)部下に自主性をもたせる手法など人の動かし方や成長のさせ方は決して人を軽視した経営ではない。

 amazonで感想をざっと見ると批判が多いけれど、文章を一部抜き出して間違っているだとかだめだとか言っている感想はあてにしないほうがいいですよ。感情論で批判したろうってだけでしょうから。批判したろうってより、経営や人の使いかたに関して「どのように」と思いながら流し読みするのがいいんじゃないかと思う。この実績はすごい。どのようにその実績をなしえたかに注目するべきであって、間違い探しのために読むのは無駄。


 いやしかし関係ないが、横綱同士の対戦はいいね。この相撲はすげーな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日記:ゆっくりする

 東方ニコ童祭でタグ検索したら昼前で300件近くあって笑った。すごいな。見きれない。書いてる時点で20件ほどタブで開いているが、これをみる間にさらに増えたりするんだろうな。ながら見でだらだらと見てみよう。

 東方の迷宮も19Fをほぼ踏破したからもう少しでクリアだが(プラスディスクは除く)、音ものが多い東方系動画を見ながらだとやりにくい。Vista以上だとソフト個別に音量調節できるとか聞いたが、XPだとバックグラウンドだろうとなんだろうと、常に全体音量の調節しかできないようだ。たぶん。ソフト個別はできるが、多少意味が違って、そのソフトがアクティブなときの全体音量の調節でしかない。それじゃ意味がない。もう少し探せば見つかったかもわからないが。しかしフラン強いなー。

 ともあれ、今日はゆっくりする。

追記:
およそ400件とは。何個か感想も書いてみよう。mylist入れたのはこんな感じ。なんだかんだで有名どころが多い。DxMfesもほぼ同じ時期にあったのでそちらからも何個か。東方関係のものだけれど。


絵がすげー。ってのに尽きる。意図的に絵柄を色々ととかblogで作者は言ってたような気もするが、てるりんのときと比べて絵がすげー方向に進化してんなー。プロローグから予想できる範囲での話は、寿命モノでループが入る?寿命モノはたくさん読んだが、ループさせてるのはどうだったかな。また、寿命ものだと、多く寿命の長い妖怪側(または蓬莱人)の意識がおもしろいところになる。喪失の受容、または人への執着が。
これはwebも見るに霊夢が中心?けーねやうどんげあたりの絵を見るに、生半可な時間でもなさそうにも、ボス組の結託にも。なんとなーく、この人は輝夜にオイシイところを与えそうだが、さてどうだろう。楽しみ。.....難点としては、この人の動画はコメント消したほうがよいってところか。


休憩所ってタグに納得。ほのぼの。絵柄も内容も、じつに和む。


ちょうどいいからC#がどんなもんか眺めようかなーと。メソッド指定が長くなるのがなんかなーとかやっぱり最初はみんなおまじないって言うよなーとか。しかし失礼ながらこれが毎時ランキングに載るとは予想外だった。


ああこれはセンスだなって。この人の【ニコニコ動画】[Dance×Mixer]セラミックガール[東方]もいい感じ。東方色としては薄いが、これはいいものだ。


 東方ニコ童祭、初投稿ですって人の多さがすばらしいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東方SSよんだ 好きという言葉ほか

 不定期不定量感想。今回は_tの方。

好きという言葉  _t
あなたの好きな人  _t
line  _t
 この百合な秘封倶楽部。作品集84,85だから、一月ほども前になってしまったけれど、印象に残っているので書き記しておく。

 さて、なにやら昨今は百合モノが多くなった。もはや百合だけだとおもしろくないという言葉もたまに見かける。物語かなにか、他に面白い部分がないと一瞬視線を引くだけというおもしろい状況になった。一般化した、とも言える。

 その百合の種類を大別して2つに分けてみる。様々な分け方があるのだけれど、分け方の1つに定型句がそこに存在するか否かがある。「女の子同士なのに……」という言葉が作中にあるかどうか、明言しなくともその言葉をほのめかすか否か。

 上の連作3つはこの「女の子同士なのに……」という言葉が存在する百合の佳作。

 悲恋や片思いものに通じる、しかしその一歩手前の、伝わらずに内に秘めているゆえの痛み。外からお互いの心が見えているのに、踏み出してしまえといいたくなるのに、踏み出せない。関係は動かないのに心が動いて、言葉で相手を測るけれど悪い方に受け取る。ふざけた言葉に本心を混ぜ込み、いたずらな返事にやっぱりだめだと自分をなぐさめる。ふざけた言葉と知りつつ喜んで、けれど本気にしてはいけないといたずらに返す。

 気持ちを伝えたいのに、伝わるのに、できない。もどかしく、壊れそうな、ちくちくと突き刺さる関係。しばらくは壊れない。けれどいつか、互いに隠したままに壊してしまうのだろうかと、苦しくなる。隣にいたまま、関係が変わってしまうのだろうか。隣にもいなくなるのだろうか。

 「伝えてはいけない」ルールが設けられた恋愛劇。まさにその言葉のある百合の佳作。すばらしい。


ちなみに、この方の
ゆびさきメッセージ  _t
こちらの作はその言葉がない百合としておもしろい。ゆかれいむ。自分にとっての「普通の関係」が周囲からするとちょっと濃い。けれどそこに恋愛感情が絡むではなく、ただ他と比べて濃度がある。しかし当人にはそれが「普通」。たまらない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日記:追加)自民総裁選

 もし自分だったら河野さんに入れるかな。自民党の総裁選のやつ。まあ、仕組みよく分からない上に党員じゃないんだけれど。うちのじーさまは誰にと考えてるかな。

 河野さんの、谷垣さんだったなら自民党は結局変わらない、という主張は有効だなーと思う。今回の選挙では地盤の固いベテランがやけに残ってしまった自民党は、新しくならなければまた選挙負けるが、しかし年寄り同士で固まっては結局変わらない。今までと同じ人が前に出ては変わらない。何より、変わらないという印象を与えてしまう。

 今回の選挙の結果は政策を選んだのではなく、変化を望んだから、というのがとても大きい。となれば、自民党が変わらないのならば、返り咲きはそれだけ遠のく。逆に、自民党が変わるのならば、次はわからなくなる。なにせ、政策で選ばれたわけじゃないってのと、今の日本の状況はそう簡単にいいほうに変われるような状況じゃない。変われるなら自民党政権下でだって変わってたって話だ。去年秋から選挙までの経済対策は、どうすればいいかわからず結局ばらまきで将来に負担押し付けてとりあえずしのいでいたって形だ。しかし、民主党ならどうしたかっていうとばらまきの対象がちょっと変わってただけで大して変わらない。

 自民党が民主党との違いをどこで出すか、という意味でも谷垣さんじゃ正直失望かな。自民と民主の選択に違いが小さくなってしまう。大きな政府の民主党に対するならば、確かに対立軸は小さな政府にせざるを得ない。なのに河野さん以外は大きな政府志向だしなー。国の財政に不安抱いている人間を過小に見すぎでないかな。というかな、失礼承知で言えば、20年後にまだ現役とほぼ引退下手すりゃ死んでる人が並んで、同じく将来の問題について話したとして、若い方に入れるに決まってるんだけれどな。若い自分としては。

 小泉改革を否定してばっかだけれど、なんで小泉さん勝ったのか、変化への期待という点を見ないのかな。小泉さんでても自民党が結局変わらないから今回の民主党の勝ちにつながったとも言えると思うのだけれど。変わらないことへの不満が積もった結果があると思うのだけれど。うーん。


 というのを今さっきBSニュースでほんのちょっと切り出された街頭演説だけ聞いて思った。候補者のもう一人、西村さん、なんかやる気ない感じ。あれじゃ若手分断のためって言われてもしょうがないな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日記:ついに

 おお、ついに月に1回程度の更新頻度へと落ち込んだ。

 何もやってないわけでも読んでないわけでもニュースを見ていないわけでもなく、書くことはできそうなのだが、なかなか。これを終わらせてから復帰しようと思いつつ、まったく終わらない。もう既に終わっていたはずなのに、終わっていない。というか、今年度中に終わらなかったら、流石にやめるかどうするか。さて。

 東方の新作、白蓮の曲がいいなぁ。テンションあがると同時になにか息が詰まるような悲しみを感じてしまう。しかしまだノーマルクリアしていない。東方の迷宮クリアしてからにしようと思ったら、長い。これ長い。

 東方の迷宮、数ヶ月前に購入も、途中でつまって放置していたのを最近に復帰。なかなかの難易度で楽しい。初見でボスをクリアできることがほぼないってのがなかなか。レベル上げすぎると案外にあっさりだが。比較的、好みのキャラを贔屓できてつえー状態にできるのがよい。キャーイクサーン。寝落ちが多分にあるが、50時間かけてようやく17階。さらにプラスディスクも待ってるぜ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

金玉と物語について雑感(東方)

 ここ最近に実に漢臭いSSが創想話にあるわけだが、
東方・黄金の金玉   謝々
これの感想を書きたくなってしまった。内容を考えるとまあ当然のごとく批判コメが存在するわけだが、輪をかけて当然のごとく批判コメが存在するだろーなーという最新作で4作目、
東方・アリスマーガトロイドという男  謝々
を読み終わった後に
実用書『物語工学論』でカットされた賀東×新城特別対談の中盤盛り上がり、どーんと一挙無料公開! - 散歩男爵 Baron de Flaneur (Art Plod版)
を読み、この内容と批判コメとが頭のなかに残り、ちょっと整理してみようと想った。

 さてまずこの金玉話、インパクトがすばらしい。タイトルの吸引力に劣らず内容に破壊力があり、キャラクターの絵がガチムチに汗臭くすっぱく熱苦しく想像されるのにびみょうに元キャラの印象と被るのが笑えてくる。性別が男に反転してる、ネタというかなんというか。

 一発ネタかと思いきやそれが4作目となり、その漢臭い状態でアリマリになったわけですな。いわゆる2次創作で見られる百合カップルが801になったわけです。。。百合ならありなのに男男(たぶん、絵的には漢漢だな)だとこうもきついのかとしみじみ。

 でもまあ、おもしろいからいいやと思いつつ、少し考えた。金玉について感想を書きたくなった。
 どこで読んだか忘れたが、昔に男女でやってたのを女女でやったらなぜか嬉しがられる、というのが最近の流れというのを読んだ。アニメ関連だったか?で、これはそれをさらにパロって男男にしたとも、元が女女だから単にパロってという風にもとらえられる。

 だから、単に性別を男にしてそこらにあるテンプレートをそのままやっているだけでしょ、という批判は的を射ている。しかし、それは実は創想話のSSの多くに成り立つ批判ではないか。つまり、男女の話のテンプレートをどちらも東方キャラにして(または百合にして)SSにしているのは、けっこうあるよね、という。でも他の話や特に百合話では言われないよね。つまり、それでよい、ってわけだ。
(ところで、百合を許容するなら801も許容せざるを得ないなという境地にはなかなかなるものではないんでしょうかね。またはその逆に、801で腐ってるなら百合もありだろうという状態に。そもパロはやりすぎるとおもしろくないのであれですが、百合だの801だの、どちらか一方を好むなら他方を好まなくとも受容は容易だろうと考えるのだけれども。ナマモノにはまだその境地にいま一歩届かないが。)

 閑話休題。
 さてこのテンプレートに絡んで3つ目のリンクが関連してくる。物語に対する需要ではなく、キャラクターに対する需要のみが存在するのではないか、そちらに向かっているという認識。物語のテンプレートに様々なキャラクターを当てはめればそれでよいのではないか。テンプレートすらいらない。物語などまったく要らない、という状態に消費者は偏ってきているという認識。(リンク先で語られているのはこちらか。)

 東方の同人を大量消費している身として、自分はどちらかと考える。
 まず東方の受け入れ方を見ると、確かにその通りであってキャラクターに対する需要で成り立つ世界になっていると感じる。大量の2次創作はキャラクターの消費の要求が元にあると見てまったくの間違いではないはず。また、同人特にSSとしてストーリーが大量に存在することは、逆説的にキャラクターだけあればよいことを示してはいないか。

 物語を求め、一つの確たるストーリー、主としてのストーリーに満足するという形があるのではないか。しかしながら、描かれない日常、あるかもしれない出来事を求めるのはなぜか、大量に存在するのはなぜか。2次設定のほうが有名になるのはなぜか。根本となるものが、主となるものがストーリーではなく設定になっているのか?しかしこれは話を作りやすくはなっても、なぜ創るのかには応えない、と思う。2次の「物語」が大量にはあるのは、なぜか。それは物語への欲求なのか?

 こいさといいなとかゆかてんがここまでくるとはとかゆうぱるの感想書くにはまずあれの感想書かなくてはとか思うのはなぜか。これは物語への需要の結果なのだろうか。キャラクターへの需要ではないか。それらは元の物語にはない。キャラクターを求めていないか。そも、2次創作を求めている段階で、オリジナルの物語ではなく、キャラクターを求めているということではないか。

 勘違いされては困るから付け加えておくが、創想話の物語がテンプレートに沿ったものだとかそういう話ではない。自身が、物語を欲して創想話に行っていたつもりで、自分はどうも物語依存症だなと思っていたのに、それは本当に物語を欲しての行動なのか、キャラクターを欲しての行動なのかという疑問なのだ。

 ここまで考えて、しかしまあその通りだなー、キャラクター消費に偏ってるんだなと納得せざるを得なくなった。物語を求めて創想話に行っているとなお主張するが、しかしならばなぜ創想話かといえば東方のキャラクターの消費のためだ。それはつまり、キャラクター消費が先にあることを否定できない。

 なにも金玉をタネにこんな文章書かなくてもよいではないかと思うが、しかしだからこそではある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »