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あなたのための物語

 あなたのための物語
 著:長谷敏司  ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション

 まいった。おもしろい。しかし、これ、物語というものに対してメタだよね。

 最初に気に入らなかった点を並べておこう。文章がたまにひどく読みにくい。劇的なシナリオの展開、転換で驚きと興奮を与えるものではない。

 けれどもおもしろいのだ。舞台となる世界でできるようになったこと、それによってたつ思考がおもしろい。技術と社会の変化、今と変わらないもの、今からの妥当な延長の絡み合いが大変におもしろい。また、物語という点がいまと共通する。人がその人であるための物語、娯楽としての物語の読み手から一瞬でも「言語を奪う」という価値を、死に向かう主人公を通して描かれる。死に向かう主人公の物語によって人の姿と向かいあう。在り方を見せ付けられる物語がおもしろいのだ。

 そして以下まとまりのないあらすじ紹介的感想の垂れ流し。
 舞台となる時代で可能とされている事柄は、いってみればナノマシン万能で脳神経も人が扱えるようになった、ということ。それによってひとつの人格を作り出し、それに物語を書かせる。作られた人格が創造性を持つか否かの検証であり、主人公はその開発におけるトップ。ところが突然に遺伝を原因としたその時代ではまだ不治の病を発病し、余命が長くて1年と宣告される。

 突然に余命が1年となった主人公はあがく。現在への抵抗が自身の行動原理であり、ストレスが限界を超えると非論理的な行動を選択する主人公は、仕事のみにしか生きられなかった主人公は、静かに何もせず病院でまたはどこか療養の地で静かに人生の最後を迎えるという選択をとれなかった。

 主人公の病による苦痛、自分が維持できない苦痛、なぜ自分が死ななければならないのかという恨みが描かれ続け、死に向かう姿が描かれる。同時に、作られた人格の彼(wanna be)は物語を作り続け、彼の姿を通して人間のあり方、物語のあり方が描かれていく。

 脳神経を扱うことができるということは、人間という存在がデータとして作り出せる境地に至った世界でもある。人の経験も知識も人格も、脳の神経のつながりでしかないとなれば、そのつながりを誰かの脳のなかにコピーすれば、その誰かは違う誰かになることができる。これは知識と経験が個人の所有物でなくなり、人格さえも個人の識別にはならない世界に到達できる。個人として多数が存在する意味のない世界。膨大な蓄積をデータとして扱い、テンプレート化すれば、自らの望むどんな人間にでもなれる。だからこそ個人に価値がない。なろうとすればどんな人間にでもなれるのならば、他人と違うことに意味がなくなる。

 そんな世界で、だから物語が必要になる。個人が個人であるのにはそうあらせる物語が必要になる。物語のない人間は自分自身が存在しなくなる。主人公はこの研究の最前線で、そして現在できないことへの不満と抵抗から、人間ができないということへの抵抗から、ITP人格を使いなんにでもなれる人間という存在を描くことができた。自身を実験台にし、病の苦痛から逃れるために脳に楽天的な人格をいれ、一時的に楽観的な人間になってみた。それによってしかし物語がなければ個人の価値がなくなることを認めた。あなたのための物語は、そんな主人公に対しての彼が贈った物語であり、主人公のための物語である。

 作られた彼は物語を作ることのみを目的とした道具である。世界の名作とされる物語をデータとして吸収し、主人公のための物語を作り続ける。物語の立場と役割を認識し、物語は必ず誰かには嫌われるものだと述べる。物語は好きか嫌いかであり、全員に好かれるのがありえないならば、必ず誰かには嫌われる。だから拒否されることはかまわない。メタってると思わざるをえない。なぜ小説を書き続けるか、物語を贈り続けるかを吐露しているようにしか思えない。

 ところで大変なことに気づいた。長谷なのにロリキャラがいない。幼女がいない。

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