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2010年1月の6件の投稿

日記:数ヶ月前に計画した金曜と土曜の過ごし方が崩れた

 発売日をカレンダーに記入しておきながら予約購入するのをすっかり忘れていたり(なんで発想済みメールがこないんだろうと首をかしげていた)、そもそもPS3を買ってなかったり(FFじゃなくてこっちと一緒に買う予定だったのだが)で予定が少々崩れた。そんななかダウンロードでも買えた不思議の幻想郷は予定通り。ということでしばらくもぐったがどうにも、欲を出すのと判断ミスと操作ミスと物量に潰されるのとで死ぬ。弾幕の出し惜しみが一番の原因かもしれない。しかしあのボスステージはレベルか対策かをしっかり用意しないと物量に押されてしまうなー。

 書いてる最中ずっとリピートしてたなにこれかわいいな動画。

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映画:なのは劇場版

 せっかく久しぶりの映画館であるので、続けてこちらも見てみる。

 概要とキャラクターとネタ要素は知りつつも、実はアニメ本体を見たことがなかった。なので、観てみる。物語としては中盤で退屈になった。過去の盛り込みがなんかな、醒めた。序盤のやけに気合の入った変身シーンと衝突、後半の燃え展開からキマシタワーな展開は、映像とキャラクターに取り込まれるのだけれど、物語としての勝負ではちょっと、中盤がきつかった(まあ物語だけ求めているのならそもそもアニメ映画を観にいかないのだけれど)。どうしてもCCさくらが頭にあって比べてしまうところがあったのだけれど、中盤以降は違う形が打ち出されていて、その点は素直にすごいなーと思った。

 しかしながら、その中盤に余計なことが気になってしまって終盤のお涙頂戴は半笑いになってしまった。フェイトの母親、いつから悪の女幹部コスになったのだろう。というかフェイトが鞭打たれてたシーンやたらにえろいよね。山猫の遣い魔もかわいい。けれど、過去のシリアスな重要な出来事なんだろうが、いつから普通の母親的な服装が女幹部コスになったのだろうというのが気になって気になって。フェイトが母親に一番言いたかったことは昔の服装に戻ってということではなかろうかなどと考えている始末。過去を示すことが現在をひっくりかえしシリアスにも感動にもつながるところなのだろうが、現在とのフェイト母の服装のギャップが笑えてきてしまって。

 もう一つ、物語や戦闘の役割や立ち位置的にユーノがヒロインに思えてならない。容姿的にもユーノがヒロインってけっこうありじゃね?と最序盤に思って以降はなんというか、悶々と。なのはさんに対するサポート役というか、引き立て役なところがそれを加速させるのだろうか。まあびみょうに存在感薄かったけれど。最後の、セリフと声がやけに男まえなフェイトと、恋人を戦争に送る許嫁かよと思えてくるなのはのシーンではユーノが人型だったのかフェレットだったのかすら忘れてしまった。

 まあまあ、かな。そういえば釘宮の声が判別できた。

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映画:サロゲート

 なんとなく映画を観にいった。ウルトラジャンプの後のほうで紹介されていた(でもって、おもしろそうだと思った)ものがちょうどやっていたので、それ。

 サロゲート、観終わった感じとしては、物足りないのと、残念なのとが一つずつだろうか。
 世界設定はおもしろいと思った。もともと、ウルジャンの紹介でも設定が印象に残っていたのだが、あの自分そっくりな外見のロボを作った教授をマトリックスの方向に、線分で結んで1/3ちょい前くらい(適当な感覚で)まで進化させたようなものだろうか。機械が人体と同様に外界を感覚し、その感覚の信号が遅延も劣化もなく脳にまで伝わるならば、人の感覚器官は生身そのものである必要がない。人の認識も判断もすべてが脳の信号によるものであるならば、身体は替えが利く。この考えが実際となっている世界設定自体はおもしろい。そのなかでの人々の光景、適応の描写はありうるべき未来の姿を眺めているようで、そしてまたこれからの人の進化の方向を考える契機ともなっておもしろかった。

 が、その描き方がちょっと物足りないと思った。演技としての生身とサロゲートとの違いの演じわけはなかなかおもしろく、2つの存在が混ざったどこか噛み合わない感のある世界の描写は、今現在と違う世界であるということを強調する。しかし、そこに生きる人々が、最後のオチに向かった、一様な面だけ取り出されているように思えてちょっとな。つまりは、自分自身としては明確に言葉に出して事前に準備していたわけではないが、この映画に向き合う姿勢として、脳があればよい、科学の進歩万歳な方向を期待していたわけだ。だから序盤等の世界設定には楽しみを覚えていたわけだ。しかしながら、中盤からどうも嫌な予感がし始める。まさか典型的な人間性万歳になりはしないだろうなと悪い予感を覚えるような展開をし始める。生身同士の、人間同士に回帰しようとか、世界を人の手にとか、そういうのは勘弁してくれと思いつつみていた。終盤は、生身の人同士がかけがえのないものだなんて陳腐な結論にならないでくれよと祈りながら観ていた。……なんだけれどなぁ、結末が残念でならない。そんな陳腐な。それならまだ大量虐殺のほうが思うところが残った。自分自身の喪失した世界での同意の必要のない正解を見せ付けて欲しかった。何かありきたりに「正しい」結末なのが残念だ。

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追想五断章

 追想五断章
 著:米澤穂信  集英社

 正月休みに読んだ、今年最初に読んだ小説だった。おもしろかった。がしかし、物足りなさも感じる。

 この作者に期待していたものがつまりは青春ものだったからではある。そして帯の青春以後を描いたという言葉から、この作者ならば何を描くだろうという期待には、自分が勝手に抱いた期待からは多少弱かった。

 思うに、自分にとってこの作者の本の何が楽しかったのかを振り返ると、生きるのに重要でない些事に全力を尽くすさまが最大の魅力だったと思う。生きるのに必要ではない、しかし日常に起こりえる出来事(特に青春と呼ばれる時期において)の、些細でありながらその当人にとって重大であるという、生きるためという理由からは離れた出来事への登場人物の取り組みが実に輝いているさまに楽しさを感じたのだと思う。古典部や季節限定シリーズが印象に残っているのはなぜと振り返るとそう思った。

 たぶんこの本を買ったのは最後の一文でひっくり返すとかそのあたりにこだわったとか、そんな煽りをどこかで見たことが関わっていると思う(追記:この煽りは「儚い羊たちの祝宴」についていたものだ。勘違いでした。申し訳ない。追記終わり。)。その言葉に抱いた期待にはどうにもモノ足りない。今手元になく、正月に一度読みきったのみだから、もしや誤解の可能性もある。しかし、主人公の行動に対しての転換がない。各挿話によって構成され、転換されて浮かび上がる物語はおもしろい。けれど楽しくはない。主人公が切実な理由を持ち、物語のなかへの投入感が少ないからだろうか。ボトルネックほどではないのに、こちらがより楽しくなく、残らない。


 なんだろう、この、おもしろかったけれどもの足りない感覚。正月に読んだのにいまさら感想書いていることにも表れている。読み終わってすぐに感想書きたいという種類のものがある。その次に、感想書きたいけれどおもしろかったとしか書けないもの、違う言葉が思い浮かぶものという種類がある。すぐには書けなかったな。言葉は浮かぶのだけれど。

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日記:記録

 一日のうちに自分の行動、考えたこと、見たもの聞いたもの、それらすべてを一箇所に記録できたらいいのに。最近そのように考え始めた。考えたことを紙にメモして、PCにメモを打ち込んで。本読んで読み終わって部屋のどこかにおいて、ネット見て読んで感想思い浮かんで忘れて。行動に関するものをすべて記録してあとで思い出せるような環境が欲しい。(いや思い出さなくていい情報もあるけれどそれはそれで。)時系列でおいといて、検索して出せるようにしたい。タグ付けも勝手にやってくれるといいんだけれどな、いちいち手でタグつけるのは当然に無難で必要なのだけれど、面倒でならない。

 例えば一日の自分自身すべて記録したいからはずーーーーっと限定で縮小されるけれど、ネットでなにか読むなりみるなりして、興味持ってあとで感想つけようとかあとでまた見ようとかそのときの感情を記録しておこうとか思ったりする。なにに記録するのかが問題になる。紙に?どっかいってなくす。PC上でメモ帳にでも?ネット上となればURLをコピペしてタイトルコピペして、、面倒(東方SSの感想書いていたときは、URLはなくてタイトルだけだったけれど、このやりかただった)。twitter?blog?google note?あとで見たい、必ずしも公開したいわけじゃない、情報の一覧性が欲しい。ネット見た感想だけじゃなくて、今gmailに投げているテキストな考えたことメモとかpdfとか、たぶん2度と見ないし必要ないけれど一度は見たという証拠は残したいとか、そういうのも一箇所にしたい。

 といった感じに、ツールにうだうだ悩みながら、スマートフォンもありかなしかとソニエリのあれを眺めていたら、関連してEvernoteの名前を見つける。欲しいものにあってるかも?たぶん、1週間ほどは使う。それ以上使うかどうかは、どれだけ手間が少ないか。

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日記:あけました

 今年に入ってから書いていないことが気になりつつ、そのままに放置。いやはや、去年は投稿数が劇的に減ってしまった。そこまで減らすつもりはなかったのだけれど。やる気の空回りは大変によろしくない。そして書かないと興味をもったことも片端から忘れていってしまう。

 で、、忘れたのでまた明日。

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