« 追想五断章 | トップページ | 映画:なのは劇場版 »

映画:サロゲート

 なんとなく映画を観にいった。ウルトラジャンプの後のほうで紹介されていた(でもって、おもしろそうだと思った)ものがちょうどやっていたので、それ。

 サロゲート、観終わった感じとしては、物足りないのと、残念なのとが一つずつだろうか。
 世界設定はおもしろいと思った。もともと、ウルジャンの紹介でも設定が印象に残っていたのだが、あの自分そっくりな外見のロボを作った教授をマトリックスの方向に、線分で結んで1/3ちょい前くらい(適当な感覚で)まで進化させたようなものだろうか。機械が人体と同様に外界を感覚し、その感覚の信号が遅延も劣化もなく脳にまで伝わるならば、人の感覚器官は生身そのものである必要がない。人の認識も判断もすべてが脳の信号によるものであるならば、身体は替えが利く。この考えが実際となっている世界設定自体はおもしろい。そのなかでの人々の光景、適応の描写はありうるべき未来の姿を眺めているようで、そしてまたこれからの人の進化の方向を考える契機ともなっておもしろかった。

 が、その描き方がちょっと物足りないと思った。演技としての生身とサロゲートとの違いの演じわけはなかなかおもしろく、2つの存在が混ざったどこか噛み合わない感のある世界の描写は、今現在と違う世界であるということを強調する。しかし、そこに生きる人々が、最後のオチに向かった、一様な面だけ取り出されているように思えてちょっとな。つまりは、自分自身としては明確に言葉に出して事前に準備していたわけではないが、この映画に向き合う姿勢として、脳があればよい、科学の進歩万歳な方向を期待していたわけだ。だから序盤等の世界設定には楽しみを覚えていたわけだ。しかしながら、中盤からどうも嫌な予感がし始める。まさか典型的な人間性万歳になりはしないだろうなと悪い予感を覚えるような展開をし始める。生身同士の、人間同士に回帰しようとか、世界を人の手にとか、そういうのは勘弁してくれと思いつつみていた。終盤は、生身の人同士がかけがえのないものだなんて陳腐な結論にならないでくれよと祈りながら観ていた。……なんだけれどなぁ、結末が残念でならない。そんな陳腐な。それならまだ大量虐殺のほうが思うところが残った。自分自身の喪失した世界での同意の必要のない正解を見せ付けて欲しかった。何かありきたりに「正しい」結末なのが残念だ。

|

« 追想五断章 | トップページ | 映画:なのは劇場版 »

その他(本以外)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 映画:サロゲート:

« 追想五断章 | トップページ | 映画:なのは劇場版 »