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理性の限界

 理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性
 著:高橋昌一郎   講談社現代新書

 選択の限界、科学の限界、知識の限界について述べている。大雑把におそらくは誤解を含んだ理解で言えば、選択の限界とは、どんな選択の仕方(例えば選挙)にも矛盾が生じえて、真の選考順序(支持率)の反映にはならないことを示す。科学の限界とは量子力学における観測(と物質に対する現在の人間の認識の仕方)の限界を示す。知識の限界は、人が定義した事柄の範囲内では絶対に証明できないが正しいことがらが絶対に存在し、すべての事柄の正しさや誤りを決定することは出来ないといったことを示す。

 特に読んだ後に選挙があった関係で、選択の限界の印象が強く残っている。どんな選挙方式であっても、観測できない真の正しい意見の反映には成り得ない可能性を持つ。したがって、むしろ選挙方式こそが、どのような人物を選ぶかの一つの意思表示になっているのだという指摘はおもしろい。

P.66

 実社会の多くの選挙で「単記投票方式」や「上位二者決選投票方式」が用いられているのは、やはり当選者に強いリーダーシップが求められていることが理由だと考えられます。
 一方、学会の理事や審議会の委員など、さまざまな分野の専門家集団で複数の代表者を選出するような場合には、「順位評点方式」が用いられていますね。「勝ち抜き決選投票方式」は、企業の商品開発のように、弱い商品が脱落していく中で勝ち残る商品を選ぶような場合に用いられています。「総当り投票方式」も、あらゆるサンプルとの一騎打ちに勝てる最も将来性のある一つの商品を選出するような場合に効果を発揮します。

P.100-101

 実はチキンゲームは、人間社会に非常に広範囲に見られる利害関係に関するモデルなのです。
 もし相手が走り続けると知っていたら、こちらの最善策は避けることしかありません。ところが、こちらが走り続ければ、相手の最善策も避けるしかないのです。
-中略-
 つまりだね、チキンゲームに勝つのは「最高にイカれたヤツ」なんだよ。
-中略-
 要するに、自分は絶対に避けないことを相手に知らせて、相手が避けざるをえないようにする「捨て身」の戦術ですね。これは、最も非合理な戦略が、実は最も合理的な戦略になっているとも言えるのかな……。

 科学の限界については量子力学の講義の復習的な部分があり、特に印象に残らない。講義では解釈の部分は触れられず、どのように計算するかに偏るから知らないこともあって興味深かったが。知識の限界もより一般論でありそんなには。上記引用にもあるように、選択の限界について、予想外であって新鮮で印象に残ったようだ。

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