カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の235件の投稿

東方キャノンボールやってたので関連して色々と考えごと

4連休で暇になってブログの存在を思い出した。

最近になって東方キャノンボール(以下、CB)をやりだして、東方ロストワード(以下、ロスワ)との比較で思うところがあったのでつらつらと書き留めておく。

基本プレイ無料のスマホゲーはビジネスモデルで考えるとフリーミアムモデルになる。このモデルで売上を上げるのだと考えたときに、シンプルには出発点は二つに分かれる。利用者数を増やすにはどうするかと、平均課金額をどうやって増やすか。後者については課金者割合と平均課金額の掛け算になる。

利用者について考えてみる。CBとロスワで比較して考えてみると、大まかには東方ファン層 x (ゲーム種別) になる。CBはボードゲームとしたことで、大幅にユーザー母数を減らしている。一方でロスワは悪く言うとそこらのソシャゲにしたことで、ゲーム種別による減少率は大したことがない。実際の比率は不明だが、ざっくり桃鉄の売上本数とドラクエやFFの過去を振り返ると、日本だと5倍程度は差がありそう。
ここから中身の出来による減少率が発生していって、そちらにも思うところはそれぞれ色々あるけれど、今日はおいておく。

平均課金額について考えてみる。CBは基本的に天井無しのガチャ一本やりなので、課金者割合:少 x 平均課金額:大のタイプのゲーム。通常プレイでもガチャ用の石は(相対に)くっそ渋く、無課金プレイヤーが石を使って10連するのは年に数回で押しキャラが来たときくらいと予想される。
ロスワは天井ありでスキンもありなので、課金者割合: 多 x 平均課金額:小のタイプのゲーム。通常プレイではガチャ用の石は大量に配られ、やろうと思えば毎日10連できる。

比較すると、前者は少数に大量課金してもらうことで売り上げを作り、後者は自ら天井を儲けていることもあり、多数に相対に少額の課金をしてもらうことで売り上げを作るモデル。
前者(CBタイプ)についてはフリーミアムモデルの特徴が一部強く出ると思われる。天井なし低確率ということは、ガチャの成果(=金を支払ったことに対する報酬)の不確実性が高く要求額も大きくなることがプレイヤーには想像されるため、課金する人は一部に限られる。多くのユーザーは、そこまでの金額はかけられない、として新商品(新ガチャのキャラ)を諦める。つまり利用者数が多くないと成り立たない。このモデルのガチャが新しくなる度の売り上げについて、横軸にプレイヤーID、縦軸に売上(ガチャ後一定期間の課金額)を取って売上が高い順に左から並べた場合、一般的には一番左端のごく細いところに高いピークが出来、一気にゼロになる図が出てくる。
このモデルは十分なアクティブユーザー数を確保した上で、ガチャの度に違うユーザー(違う財布)から数万円の課金を望むことになる。たまに毎回数万とか10万とか課金する人が紛れ込んだりもする。ただし、ユーザーが少ない場合はこのピークの幅と高さが安定しない。このモデルは十分に大きな母数に対しては確率が期待値通りに見込まれることに基づく。よって、母数が小さい場合は、そもそも利用者が少ないことによる売り上げの低さに加え"はずれ"が起こり得て、売り上げが期待を大幅に下回ることも起こりえる。

一方で、後者のロスワモデルはフリーミアムモデルと月額課金型ゲームの間みたいなものを目指すモデルと言える。低い天井を設けてガチャの成果(=金を支払ったことに対する報酬)を確実にすることで、課金するプレイヤー数を増やすことを狙う。普段からガチャ用の石も大量に配ることで、課金する必要金額も低くなる。人気キャラで売り上げが爆発しても天井によって売り上げ自体も天井がある。CBモデルと同様の図を描いてみた場合、高さは低いが横に長い図となる。なお、売り上げの合計値がどちらのモデルが大きいと一概には言えない。
こちらのモデルは高さはともかく売り上げの安定を得やすいため、利用者が少ないときでも売上を得やすく、ただし利用者が多くなっても爆発的ピークはできないため相対には上り幅が控えめとなる。利用者数が少ない場合は課金率と課金額が計画通りでも赤字というリスクもある。

上記のどっちが売上観点としてよいだろうねと考える場合、色々ある一つの切り口としてターゲットユーザーはどんな人たちなのか?がある。
ターゲットユーザーは普段娯楽や趣味にどれくらいの頻度で、どれくらいの金額を出しているか、という切り口となる。売り上げを立てる=ユーザーに課金してもらうということは、つまりはユーザーが他の何か(多くは同じような娯楽や趣味)に使うはずだったお金を他から奪うということになる。および、その人がこれくらいの金額なら使ってもいいと思っている金額、というものは課金額の設定として考慮すべきものになる。

東方ファンをターゲットとした場合について、比較しながら考えてみる。(以下は個人の誤解と偏見を元にしていると前置きする。)
例えばFGO。アニメ化もした今はともかく、初期を考えると極論するとコアターゲットユーザーはエロゲユーザー(型月ファン)。趣味・娯楽に対する支出の習慣としては月に数万出すことに抵抗がない人たちと言える。
例えばマギレコ。元がまどマギでアニメであることから、極論するとコアターゲットユーザーはアニメファンでBDも買う人たち。趣味・娯楽に対する支出の習慣としては月に数千、年間で数回くらいは気に入ったアニメのBDとして数万出すことを厭わない人たちと言える。
じゃあコアターゲットユーザーとして考えたとき、東方ファンはどういう人たちだろうか。その中に上記も含まれることは承知しつつ、個人的には数か月に一回数千円程度同人関連出費に使っている人たちだと考える。趣味・娯楽に対して一度にする支出の感覚は漫画や同人誌といったものが基準で、特定分野に1万を超える支出は年に数回は許容しても数万出すということはかなり特別感がある、あるいは抵抗がある人たちではないか。
もちろんコミケなどに遠征費として旅費も合わせて10万単位の人もいる。ただ平均として考えた場合、幅が広く緩くそこらの一般の人と大した違いがない存在ではないかと思う。エロゲの1つ約1万のパッケージソフトを月に数本買っていたり、アニメのBDを年に何回かマラソンしていたりなんてわかりやすい括りができず、分類しようとするほど「東方を知っている一般人」になってしまうのではないだろうか。また仮にそういう人をコアなターゲットユーザーとしても、購買行動として一つあたりの単価が数百円を数十購入する人というわけで、やはり上記二つとは種類が違い、一つのものに数万を出すことには相対ハードルが高い人たちと考えられる。

という比較をして考えてみたところ、東方CBは出来がよいのに売上が苦戦しているのは、ある意味必然に思えてしまった。そしてロスワが明らかに低予算な同人ゲーの体で好調なのもある面では非常に納得がいく。まあ、所詮は後付けなので、後からならどうとでもいえる、ではあるが。
CBはフリーミアムモデルにおいて目指すべき利用者の拡大という道をボードゲームというジャンルを選んだことで捨ててしまった。一攫千金を狙う課金モデルだが、利用者が少ないために確率が安定する閾値を下回り、売り上げが安定しないと予想される。キャラを手に入れるために必要と期待される課金額も東方ユーザー層(ほぼ一般人)の趣味・娯楽に対する支出の感覚値と乖離する設定のため、さらに売り上げ向上は細い道となってしまった。
ロスワは普通のソシャゲにすることでユニークさは薄れるが利用者を拡大する道を選んだ。東方ユーザー層の支出の感覚値と一致したため広く薄い課金に成功し、結果として大きな売り上げを獲得できた。(もしかすると、CBの様子を見て低コストで安定売上を狙う方向に方針変更したのかな?)
あるいは、CBはボードゲームを選択した時点で利用者の絶対数が伸びないことを予想し、最大に成功したときの売上比較の伸びが大きい少数に大量に課金してもらう方法を敢えてとったのかもしれない。少額を多数に課金してもらっても、利用者の絶対数が伸びないのであればじり貧になる。かけたコストや要求される利益を考慮した際に、低位安定のビジネスモデルを提案することができなかったという可能性もある。
まあ、おそらくは利用者数に関しての目論見を外したのでは、と思うが。

CBのキャラ周りの出来の良さや全般なゲームが良くできていると本当に思う。ただ同時に、どうにも売り上げが苦戦しているらしいという話を聞くにつけ、そりゃそうだろうなとも思う。
売上のための土台の違いをその上物の出来の違いで覆すことはとても難しいとは思うのだが、CBには頑張って欲しいなぁ。

 

備考:
(細かく言うと言葉の使い方として、最近のCBやロスワなどはソシャゲーじゃなくてスマホゲーというのが妥当だと思う。およびそれらゲームの分類にもっと適した言葉もあると思われる。けれどまあ、ソシャゲという言葉を使うと基本プレイ無料で課金型の主にスマホ向けゲームという意味で通じるので、使い分けの厳密性は気にしない方向で)

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読んだり読まなかったり

 感想を書いたり書かなかったり。年末年始に本を10冊読むぜーを達成し、最近には積みっぱなしだった憎悪の世紀を消化した。ただ憎悪の世紀は感想が書きづらい。心がえぐられる。あーそりゃユダヤへの迫害は狂気の象徴としていまだあちらでワンパ的に飽きるほどに使われるわけだと思う。ナチでドイツでが読む前のおおかたの印象だったが、とんでもないな。それは確か、だがそれ以外、ドイツより東のどこであっても起こっていた。しかも、ほんのちょっと前までは多民族が融和していたその場所で。やるせない。血塗られた、昨日までの友人を殺戮する人間の歴史にとってもブルーで感想など書く気力がわかなかったのであった。

 また、まどかマギカ見続けていたり、進撃の巨人おもしろいなと思っていたり。でも感想は大抵ツイッターに簡単に投げて終わるからなー。

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日記:買うの確定、プレイと感想は未定

 2ヶ月ほどblogはまったくご無沙汰でありました。単純にちょいと忙しくなったというのもあるのだけれど、ただまあ、不思議とtwitterのほうには書き込めていたり。障壁が違うのかな。または、twitterだとフォローしている人の言葉を常に目にするから言葉がでやすいのかも知れない。ほとんど絡まない人になっているけれど。

 さて、一度更新するとその直後は多少活発に書いたりするものだけれど、最近はどうも東方SSもあまり読んでないのでまた長く沈黙するかもしれない。ということで、おそらく次に感想書くんじゃないかなーと思われるエロゲのバナー貼った記事を作って置いておこうと思う。

『ヴァニタスの羊』応援中!

 うむ。どうも、途中で切れてなんか怖いことになってしまっているようだ。ま、いいか。

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日記:あたまがいたい

 二日酔いで頭がいたい。なのでSS読んだ感想は今日の夜か明日かになる、予定。

 いやしかし、湿度がきつい。

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日記:Ustを初めてみた。

 数日前に、酒飲みながら下を見ていた。(最初の方、マイクの調整できてなくて音量低いですが、そのうちましになります。)
現代ビジネス緊急対談「田原総一朗×上杉隆」 民主党政権について

 見ながら飲みながらtwitterのほうに適当に感想投げていたけれど、マスコミと金の問題は根が深いな。そりゃ政治家から金もらってたらまともな批判なんてできようもない。金をもらわないようになったというので少しだけ朝日を見直した。あと雑誌メディアも。それが当然なんだろうが、政治家からの金を受け取らないと社長が記者を怒鳴りつけるようなマスメディアが幅をきかせているとなればね。

 しかし、田原さんの声が大きい話題と小さい話題が、なんというかリアル。あと、上杉さんが命を狙われるわけがわかる。大手メディアは上の立場の人間ほど触れて欲しくないから、まったく触れない。

追記:
文字に起こされてた。田原総一朗×上杉隆vol.1「私が体験した『政治とカネ』のすべて」
やはり、文章で読むほうが楽だな。こういう話だと、本当に全部文章になのか?と疑問が生じるから生で見ることの価値もまたあるのだけれどさ。

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日記:TOHO CLOCK

 すごいね、これ。--> TOHO CLOCK
 内容のすごさだけでなく、参加者数が膨大なのもまた、東方界隈の人の多さ、および分担がしやすいとはいえよくぞこれだけの人数で一つのものをつくれたものだと。

 左側に貼ったけれど、本家では音もでます。おそらく、ブログパーツ的にこのページにはっつけたのからは音がでないはずだけれど、もしも急に音がでたなどになったなら申し訳ない。

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電子書籍化をはやくはやく。日本だって携帯ではできてるでしょ

 いますぐ自前で電子書籍やりたい、って思ったら。

 本買ってきて裁断して、スキャンスナップにでも放り込んでまとめてとりこんで、できるなら微調整なり加えてページ調整して一冊に作って。自前でやるか、またはバイトでもやとってやらせればいい。
 で、できあがったファイルを持ち歩く。容量でかすぎるとかならOpera uniteでも使えばいい。自宅サーバなんてないよって人でも自宅にPCがあるならそれだけですぐサーバ作れる簡単なのがそこらにある。

 スキャンスナップ費用、pdfいじれるソフト、マクロorソフト組む費用、バイトの人件費。何人かで集まってこれを数人で共有すればいい。一人でやろうとすると費用が高すぎるが、複数人でやろうと考えればどこかで妥協できる費用が見えてくるだろう。
 すでにスキャンスナップ持ってる人にハブになってもらうこともできる。複数人でやれば、自分の興味ない本を他人が買って、それをちょっと気になって、という感じな広がりだって期待できるだろう。

 個人が複数集まればこれが十分にできる。財力で解決してもいいし、マンパワーとして貢献したっていい。メインはファイルになるから、地理的に近い人間同士じゃないとできないということもない。
 ファイル共有にわざわざ流す積極的な理由なんてない。
 金払うとかで集まりをつくってそいつらの内輪でやればいい。uniteにそのファイルだけ置いておけばそれで十分なんだから。親しい友人になればいい。互いにちょっとずつ金出して協力してやろうって。そうすれば本の貸し借りとまったく同じ。なんやかやと外から言われる謂れはない。

 だから、内容の質をスキャンしたモノでよいと妥協するなら、電子化なんて金と手間をかければ今は個人でだってできる。読む時間と置く場所の問題で本買わないって人でも、特に後者の問題が解決できるならとりあえず買っておこうとなるんじゃないか。というか他じゃなくて、自分がおそらくそうなる。スキャン代行という形で上記のをビジネスにしようってのも確かあったな。電子書籍化の手始めとして日本の出版社がやったのはそのサイトを潰すことだったようだけれどさ。

 こういう、個人ですぐできる環境がすでにあって、出版側でいつまでも対応しないとか、バカらしいにもほどがあるって思えてならない。1か0かで考えて1にできないからやらないといつまでも言いつづけて、それでまたアップルに全部とられるんじゃないか。いや、amazonでもよい。

 つい最近にsonyとどっかとどっかと組んで電子出版云々ってあったけれどさ、会社名すら決まるのに揉めるとかバカらしいにもほどがある。会社名ですらこれなら、どれだけ中身に期待しろというのだろう。

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日記:包丁は殺人罪により死刑

 ついでに先のpgrな内容に対し、ちょうどいいので、アキバblogで読んだこの記事
【コラム・ネタ・お知らせ】 「パクりと模倣」論争にみるインターネットの公共性
読みながら、思ったこともメモしておこう。

 一言でまとめると、人の責任を道具の責任に転嫁すんなって思ったよ、というのを長々と。

 模倣とパクリから始まる言葉に、言ってることはまあその通りだよねーと。ただ一点、どうにも分からないことがある。この種の議論についていつも思うことだけれど、ネットを主流にできないとかならない理由として(広義にネットを批難するものとして)匿名でなんでもかんでも、特に悪辣な言葉を投げかけることができるからだめだ、という論がある。それが理解できない。

 だってねぇ、すごい(自身にとっては)空想上のドラマ的な映像で語るけれどさ、昭和的なセピアをかけた光景のもと井戸端で(いや、さすがに井戸はあれか、お茶してるでいいか)他人の噂話をしている奥さま方の姿と何が違うというの?当時は近場の人間しか基本参加できなかったから、奥様方の話題は場所としても時間としてもその場限り。しかしそのコミュニティでは「そういう目」が存在して陰口なりがやはりあったわけだ。その陰口はその井戸端コミュニティでしか存在できなかった。

 それが、ネットがあることで距離の制約がなくなる。ならば、井戸端はネット上に新たに作られ、話題にも距離の制約がなくなる(小さくなる、が適切か)わけじゃない。典型が2chだよね。鬼女板とまでは言わないけど。で、テレビだったりネット上の出来事だったり日々の生活相談だったり趣味だったりを距離を気にせず話すことができるわけだ。すごい便利でいい社会だ。ひきこもり気質な自分としてはなおさらにそう思う。しかし、ここでさらに、とある人の近場にその人にとって気にくわない、陰口叩く(叩きたい)ターゲットなんかいたとして、ネット上で井戸端と同じように話すことができるわけだ。そのターゲットを知らない人間にこいつはこんなやつで毎日唐揚げ弁当しか買わないとか書いたりする。それ読んだ人が同じように「陰口」叩くか、陰口叩いているほうを異常とみなして叩くかは別として。

 けれどね、この行動、井戸端で会議していたずっと前のネットないときの奥様方となにが違うというの?そこには特殊なことなんて何もない。ただ人が集まって話しているだけ。距離の制約がなくなっているだけ。人の行動としては何も変わっていない。そこにいるのは変わらず人だ。

 だから、ネットでの誹謗中傷云々に理解できない。現実でも井戸端で、または奥さま方や年よりがお茶のみしてるような場で誰かの陰口いったとしてさ、それはいったい何が違うというの?陰口言われている当人にしてみれば、何が違うの?ネットで探せば目に触れるからだめなの?本人が目に触れようもない、何言われたかもわからないお茶のみの場で言われるのはよいの?どっちにしろだれが言ったかはわかりようがない。どっちにしろ、行動に対してどこかの誰かが陰口を言うというのはどうしようもない。だって、残念なことにそれが人でしょう。聖人君子などどうしたってマイノリティだ。

 だから理解できない。ネットがあって変わったのは人じゃない、人をとりまく環境だ。もっとも大きな違和感は、ネット上の行動に対して、その行動がよい悪いなどと価値判断をつけられることだ。未成年に対して、ネットは距離の制約ないから云々というのはありだと思う。けれどさ、未成年にそういうこと言うのは、ネットのみじゃないよね。じゃあネットと切り離せば未成年は犯罪に巻き込まれない?んなわけがない。ネットは道具で人が手に入れた新しい環境でしかない。そこでの人の行動は、本質としては何も変わっちゃいないだろう。人の行動と性質が原因であるのに、ネットが原因であるかのようなすり替え、意識的か無意識かはともかく、それが気にくわない。

注:だから対策とか何もするなって話じゃないよ。すり替えんなって話。包丁を死罪にしましょうって話からなかなか先に進まないなーって。

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日記:pgr

 なにやらテレビの対談で、勝間 vs ひろゆき とかあったみたいですね。ひろゆきの言葉がわかりすぎて困る。そんな自分からは勝間さんがアレ過ぎて困る。まず1つに、議論ではなくて、自分の意見を相手に押し付けようとするとこんな感じなるよねー、というのが勝間さんだなー。自分に有利なフィールド探して焦点を変えていって、相手に反駁されるとまた変えて、けれどそれを繰り返すからそのうち言葉に矛盾がでる。で、その矛盾をみて、これは単に相手を言い負かしたいだけなんだな、って見る側が思う。まさにその典型。

 もう1つに、先に進まなければならない、社会をよりよくしなければならないという義務感を持っている人間と、そうでない人間との価値観の違いとも思うかなー。その価値観については、[その他長文]最近の若いもんは(G.A.W)がまさに表していることを勝間 vs ひろゆきで見たって感じだね。ひろゆき側の価値観を自覚している人もそうはいないと思うけれど、でも明らかに存在しているよね。言動がわかる、って人はほとんど誤差あれど持っていると思う、ひろゆきの述べる価値観。

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日記:まぐねっとを見逃した

 見逃した。正確には、途中から見ることになってしまった。MAG・ネット~マンガ・アニメ・ゲームのゲンバ~が、東方についてやってたね。zunやノヤが出てた。

 しかし、印象に残ったのは東方髭無双である。なにやらおっさん3人が話していたが、髭無双も東方なのである、だってzun帽かぶってるしというのに頷いてしまった。確かに。

 また一方、その3人の会話は、東方界隈およびその他で言われることそのままではあるなと思い、それが興味深く思った。界隈の言葉とまったく無影響でないのだろうが、巷で東方にいわれている、集合の合意の確認になっていたのが興味深い。アニメ化になってしまったら(設定やイメージが固まるなどで)変質し終了してしまうのではないか(いまはアニメが終着点になってしまっているなど)、二次創作は原作に隙間がありすかすかであるからやりやすく、自分で保管してやろうと思わせる、など。この人たちだから(いや、この人達がどういう人であるか知らないが)ではなく、そこらの東方のファンの連中を連れてきて話しても同じことを述べたと思う。細部は異なれど。それがおもしろい。驚きのない議論であるが、驚きがないことが驚きである。ネットの意見とテレビでの意見とが同じなのである。でもまあNHKだしな。

 ところでZUNの本棚に、楽しい昆虫料理ってのが見えたような気がしたのだが、気のせいだろうか。肉喰えと言われているZUNだが、まさか。でもビールのつまみにイナゴの佃煮はけっこうありかもしれないとは思った。あと去年より今年の酒がうまいという、歳をとるほどにビールがうまくなる理論はなんかわかる。

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